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先日、「昭和の人気給食、ソフト麺が消える?」というニュースを見かけました。

 

蘭子が小学生の時代はコッペパンがベースに、時々ソフト麺が出るくらい。その時は必ずカレーでした。

このカレーの量が肝で、なくならないうちにソフト麺をうまく配分しながら食べ終わるというのが至難の技でした。

 

昭和な私たちが小・中学生の頃は、米飯はまだまだ試験的に運用されていたくらい、そもそも学校給食に、なぜパン食が、採用されたのでしょうか?

 

日本の食事事情は、明治維新と第二次世界大戦を経て大きく変わっている。

 

19世紀の終わりに起こった明治維新、鎖国して外国との交流のなかった日本は開国をし、それまでにはなかった海外の文化が、急速に日本に入ってきました。

 

1200年にわたり禁止していた肉食が解禁になり、”洋食”
が富裕層から流行り始め、昭和初期にはコロッケやエビフライといったメニューが家庭料理にも並ぶようになったのです。

 

その後、第二次世界大戦後はアメリカによる復興支援があり、この時期に再開された学校給食は、表向きにはアメリカの食料援助物資が当てられましたが、実際はアメリカで余っていた小麦を消費するための、アメリカの戦略でした。

 

アメリカの「食による侵略」ともいえるこの戦略は、子供の食からアメリカナイズさせようとする思想戦略そのものといえるでしょう。

 

戦前の日本の食卓の当たり前は完全に塗り替えられてしまったのです。

現在、ファストフードと呼ばれるアメリカからの食品、パン、ハンバーガー、ピザ、パスタなど若い人たちが好んで食べる食品は、こういった経緯の結果でもあるのです。

 

また現代の栄養学は、戦後にドイツから入ってきたもの。

ドイツの風土で、ドイツ人たちの統計を取って必要なカロリーやビタミンの量を計算しているものがベースで、日本人ベースではないのです。

 

つまり、私たちがいま「当たり前」と思って選び、食べている毎日の献立は、戦後アメリカやドイツから入ってきたもので、日本の長い歴史のなかでの当たり前ではありません。

 

さて、では毎日新聞のニュースを転載いたします。

 

<ソフトめん>「昭和」の人気給食、消える?

 

昭和の学校給食で人気だった通称「ソフトめん」が姿を消しつつある。

うどんでもスパゲティでもない白い麺を、ミートソースなどに絡めて食べた人も多いのでは?

このまま「遺産」になってしまうのだろうか。【庄司哲也】

 

◇米飯に押され、製造業者減 / 都内、今年度から提供中止

東京都台東区のレストラン「給食当番」では、郷愁を感じさせるメニューが並ぶ。

その中にあるのは、ソフトめんのミートソース味(680円)やカレーシチュー味(同)。

久保田昌也店長(37)は「50歳前後のお客様が『懐かしい』と言って注文する。

ソフトめんは、揚げパンと並んで絶対に外すことができない人気メニュー」と力を込める。

50歳前後の「アラフィフ世代」を夢中にさせるソフトめんとはどのようなものなのだろうか。

 

全国製麺協同組合連合会によると、正式名称は「ソフトスパゲティ式めん」で、牛乳に合うように1960年代に作られた。中華麺やうどんのように汁がある麺では牛乳には合わない。

そこでパン用の全粒粉を原料にした麺を開発。麺をソースに絡めるメニューを提供した。

 

東京都が65年1月、全国に先駆けて給食に正式採用した。

その後、全国に広がったが地域によって採用にばらつきが見られ、主に中部以東の東日本で定番メニューになった。給食に登場しなかった地域もあり、大阪府学校給食会は「経緯は分からないが、ソフトめんは、現在はもちろん以前から府内では提供されていない」と話す。

 

多くの児童、生徒たちの舌を満足させたソフトめんだが、今は下火に。

東京都は年1回、「懐かしの給食メニュー」として提供していたが、今年度から中止した。茨城県内では、三十数年前には約15社あったソフトめんの製造業者が現在は9社に減少。

さらに、水戸市、ひたちなか市など6市町に卸していた1社が今年廃業したことを受け、給食からソフトめんが消えた。群馬県では、学校給食会で取り扱うソフトめんの5割以上を納めていた業者が昨年度末で製造をやめた。

 

製造業者が減っていることについて、全国学校給食めん協議会の脇田祐輔会長は「2009年に文部科学省から出された通知『学校における米飯給食の推進について』の影響が大きい。

米飯給食を週3回から週4回に増やす新たな目標が設定された。パン給食の日もあるので麺給食の比率がそもそも少なくなってしまった」と説明する。

 

また、製麺業者の負担が大きいことも理由の一つだ。

ソフトめんの提供を続けている茨城県笠間市の笠間ソフトメン橋本屋では、1パックの麺の量は小学生の場合、低中高の学年ごとと教員用で変えている。

配送当日は90度の温度で40分間の蒸気殺菌をした上で、学級ごとの人数分を容器に入れ、給食直前の午前11時ごろに学校に届けなければならない。容器の回収も当日に行う。

 

石上渉社長(38)は、ソフトめんを製造する労力や時間は、他の麺よりも何倍もかかるとした上でこう話す。

「ソフトめんは正直、コストに見合わない。

でも、給食のバリエーションは必要だと思う。私たちが味わった『今日はソフトめんだ!』と喜んだあのワクワク感を今の子どもたちにも残してあげたい」

 

『ソフトめんの粘り腰に期待したい。』毎日新聞より

 

懐かしいソフト麺が消えることは寂しいけれど

 

給食の中でも、カレー&ソフト麺のメニューが大好きだった私にしてみると寂しいニュースではありますが、逆に米飯給食を文部省が推進しているとのこと。

 

戦後のアメリカの食戦略から考えると、これはむしろ喜ばしいことではないでしょうか?

 

週に5日の給食の中、4色が米飯、1食がパン食になっているのです。

可能であれば、米飯を玄米にしていただくこともお願いしたいですが。

 

私が白いパン、うどんを断捨離する理由はこちら→食のシンプルライフ化 白い食べものを断捨離する

 

1975年以降、
日本人のアレルギーや
喘息などの疾患は
急激に増加していて、今もまだその勢いは
加速しています。自分たちが「よかれ」と思って選び食べているものが、自分たち自身の健康を侵しているという状況が
戦後脈々と続いているのです。

 

このような話をすると、
こう言われる方がいらっしゃいます。

「ちょっとぐらいアレルギーがあったって、
喘息があったって、
アトピーがあったって、
それで死に至ることはないし、ちょっと調子悪いことがあっても、
お薬を飲めば症状は治まる。

食事に関してうるさくいうのは、
食べたいものが食べられなくなったりしてつまらない。(もしくは子供に対してはかわいそうだ。)」

 

食べ物のことにこだわりすぎて、
楽しく、美味しく食べられなかったら、それはつまらないと思います。

 

知らないことがリスクの時代

 

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テニスプレイヤー
であるノバク・ジョコビッチさんが
食事を変えることで人生を大きく変えたことは、食生活に関心の高い方はよくご存知だと思います。

ジョコビッチの生まれ変わる食事

 

メンタル面でも強いアスリートたちが実践しているように、強くする以前に体を守る、健康になるためには、自分で自分の食事をコントロールすることが必要なのです。

 

情報は有り余るほどあるけれど、
それをどう選び、実践するかという
判断する軸がないと、
ただ情報に踊らされるだけになってしまう時代。

残念ながら今の時代は、
「知らないことがリスクの時代」なのです。

 

シンプルな食生活のために情報を厳選する、自分で食事をコントロールすることは、未来の在りたい自分(家族を含め)を手に入れるために、必要なスキルだと思います。