はじめまして! 「真のミニマリスト!」を目指す50代主婦、蘭子です。

当ブログに縁あって足をお運び頂きましてありがとうございます。

 

湘南で生まれ育ち、半世紀が過ぎました。50代の私と主人、高校生の息子、ワンコ2匹&ニャンコ1匹の3人*3匹暮らしです。

 

就職〜結婚で東京暮らしをしたものの出産を機に、地元に戻ってまいりました。

 

50代も後半にさしかかり「本当に豊かに生きるとは?」を考え始めた時にミニマリストという生き方を知りました。

 

アラカンからの人生をシルバーとしてではなくプラチナとして輝いて過ごしていくために、今までの貧しきマキシマリストな生活から心豊かなミニマリストを目指す日々を綴っていきたいと思っています。

 

今日は、初日ということで自己紹介として、蘭子がなぜミニマリストを目指すのかについてお話ししたいと思います。

 

『子供〜青春時代の蘭子』

 

蘭子は、中流家庭のサラリーマンの家に生まれました。

時は高度経済成長時代、3Cといわれるカラーテレビ、車、クーラーが各家庭に揃い、その後は電子レンジやありとあらゆる家電製品、洋服がどんどん家の中に増えていき、それを使うことがステータスという時代でした。

 

小学生の頃は、よく学校を休んで家でごろごろ寝てばかりいるような子供でした。

いろいろなモノを拾ってきてはコレクションしたり、自分にしかわからないようなモノを作って遊んでいました。

 

ところが、中学から高校にかけて性格が激変。

社交的な性格になり、地元の高校へ行く頃にはちょい不良っぽい女子高生になっていました。

 

その後、絵を描くことが好きだった蘭子は美大へ進みます。

 

その頃の私の頭の中は、三高(高学歴、高収入、高身長)の男子をつかまえることしか考えていませんでした。

時代も、バブル期が幕開けした頃でもありました。

 

『就職してすぐに結婚』

 

就職して1年後、友人の中でも一番のりで学生時代から付き合っていた人と結婚をしました。

その結婚で母が誂えてくれた家財道具が、その後の蘭子のシンプルライフに暗い影を落とすことになろうとは当時は思いもよりませんでした。

 

でも・・・ 。

バブルに踊らされた子供同士の結婚は長く続くことはありませんでした。

 

シングルになった蘭子は、学生時代に(彼がいたために)遊べなかった反動で、遊び人に変身してしまいます。

お給料をもらうと飲食とファッションに、これでもかとお金をつぎ込む生活をしていました。

 

女の子なら奢ってもらってあたりまえ、プレゼントしてもらってあたりまえ、というなんとも傲慢な生活をしていたのです。

押しも押されぬマキシマリストへの道を極めておりました。

 

『何も持っていないミニマリストとの出会い』

 

そんな蘭子も、あれよ、あれよと言う間に30代になりアラサーからアラフォーへと変わる頃、ある一人のミニマリストと出会います。それが現夫です。

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その頃、彼は文部省の招聘研究生として外国より来日していました。

 

最近では大学生が海外留学する、海外赴任する・・といった時にどのくらいの荷物を持っていくのでしょうか?

 

私が出会った頃の彼はボストンバッグ1個に本5冊、シャツ2枚とジーンズ1本、靴下2足、セーターは2枚くらいは持っていたかもしれません。

他は、冬だったのでコートでしょうか。そして、成田空港に着いた時は40ドルしか持っていなかったそうです。後は何も持っていませんでした。
大学の寮には最低限の食器などはついていますが、後は自分たちが持ってきたもので賄います。

 

その彼に、私は「何も持っていなくて心配ではないの? 仕事(研究)に必要なものは持ってこなかったの?」と聞いた時、学者である彼が答えたのは「僕には何も必要ないんだよ。僕の仕事は鉛筆と紙さえあれば砂漠でもできるんだ。僕の頭がコンピューターなんだよ。」と答えたのです。

 

私は、そのシンプルな言葉に頭を殴られたように感じました。

 

実はその頃の私は、幾つかの恋愛を経て「お金はある、車はある、背が高い」男はいくらでもいるけれど、ちっとも満たされている感覚がなく、むしろ「もっとシンプルな人と出会いたい」という境地になっていたのです。

 

つまり、モノは持っていても心が豊かな人間とは縁がなかったのですね。

そんな時に、頭一つで仕事をしている、何も持っていないミニマリストと出会ってしまったわけです。

 

『ミニマリストと結婚したけれど』

 

とはいえ、人って変わるものなのですね。ミニマリストと結婚したはずなのですが、子供が生まれ生活を続けるうちに、素敵な(?)ミニマリストであった夫はどんどん普通のおじさんになってしまいました。

 

私も最初は彼のシンプルな考え方に惹かれたものの、子供が生まれると子供服、おもちゃ、知育玩具・・と次々にモノが増え始め、いつのまにかシンプルな考え方などは頭の中から消えていました。

 

子供が生まれたのをキッカケに東京の小さなアパートから湘南にある実家近くの2DKに引っ越したために、少しスペースが広くなったのも災いしました。

最初の結婚からずっと持っている婚礼ダンス(今でも大問題の品です)を筆頭に、ソファベッド、ベビ−ベッド、大きな本棚が二つ、食器戸棚、4人掛けテーブルと椅子、家電のいろいろ、パソコンラック、さらに越してから服があふれたためにタンスをもう一本買いました。

 

庭付きマンションだったので庭に小さな小屋も置いてそこにもアウトドアの用具をたんまりと詰め込んでいました。

 

シンプルな考え方がいいということはわかっていたものの、その頃はまだシンプルライフミニマリストも頭にはなく、ただ日々の生活を乗り切るだけで精一杯。

 

子供を育てながら働くということは本当に時間に追われるものです。

人というのは、時間や生活に余裕がないと自分自身の在り方をゆっくり考えることができない生き物なのではないかと思います。

 

『突然、勃発した家問題』

 

もともと親戚全体が仲が良く、いろいろな年中行事の度に親戚中が集まるような家でした。

実家には親戚が集まった時の数に合わせて相当量の食器と組み布団や毛布、タオルがありました。

 

しかし、実家の父が亡くなり母の具合が悪くなると、母と妹は、広くて古くてメンテナンスが必要な家は不要だと言い出し(今、思うとそれも一理あるのです)、でも私は、愛着のある実家が失くなってしまうことに耐えられず、ついに実家に住むことを決意します。

 

実家が空いたので移り住む・・と簡単に思われるかもしれませんが、この実家が曲者でした(笑)。

すでに親のモノがたんまり入っているところにさらに我が家のモノが加わったのです。

はっきり言えば私の執着の化け物なのでしょうが、2世帯分の保管しているモノや家のメンテにお金のかかること、かかること。

 

私が子供時代に過ごしていた広々とした家は何処? 思い描いていた「ゆったりとした生活空間」とは、住む人によって違う空間になってしまうということがつくづくわかりました。

 

おそらくこのブログはこの家にあるものを処分しながらシンプルライフを目指す、ミニマリストの物語になるのではないかと思います。

 

『私が変わらないと家族が崩壊?』

 

蘭子は大学卒業以来、プータローになったことがありません。(そのかわり随分長い間、夫がプータロー&主夫でした)
つまり一家の大黒柱は蘭子だったといえます。

 

しかし、子供が小学校6年になる頃、夫の仕事がついに本決まりになりました。

しかも単身赴任。

「え〜〜っ!」です。

なぜなら、蘭子は朝の8時には家を出て帰りはいつも9時過ぎ。遅ければ終電近くになることもあります。

そんな働くお父さんのような生活なのに主夫がいなくなるなんて!

 

でも、せっかく決まった夫のキャリアです。応援してあげたい・・。

 

それには私の仕事、セーブできるだろうか?

蘭子が働いていた会社は本社がアメリカにあるため、電話会議は早朝か真夜中、日中は日本の取引先との対応にくれます。

 

自分の仕事を少しはセーブしたものの、9時〜5時に規則的に家に帰ることはできませんでした。

そして、やはりその歪みはすぐに息子の生活に出てきました。

 

中学生男子、部活から帰ってお腹が空いているのに親がいない・・そんな生活が続くようになると夕方どこかへ出かけてしまう、夜遅くまで外にいる、勉強がおろそかになってくるという悪循環が始まりました。

 

学校に呼び出されることも度々になりました。

 

そうなってくると、仕事先や外出先からも子供を監視したい(コントロールしたい)私が現れてきました。

こんな親子関係になると、週末、夫が帰ってきてもなんだか家族全員の機嫌が悪い、ギクシャクしているのです。

 

ご理解いただけますか?この嫌〜なムードの家。

 

「私が、このまま仕事をしていると家族全員がなんだか幸せじゃないのかも・・・」

通勤途中に時々、そんな考えが頭の中に浮かぶようになってしまいました。

仕事をして高収入を得ていても、ちっとも幸せな気分になっていないことにも気づき始めたのです。

 

蘭子の家は海沿いの住宅街にあります。

毎朝、自転車に乗って駅に向かう時、青い空にぽっかりと浮かんだ白い雲を見ながら、いつもこんな風に考えるようになっていました。

 

「本当はどんな風に生きたい? どんな私で在りたい?」って。

 

『湘南 シンプルライフ』

 

50代に入ると会社でももうこの先が見えてきます。その先もずーっと上がり調子ならよいでしょうが、このご時世、そんなことはほぼないでしょう。

 

でも一旦会社という枠を外してみると、いろいろな選択肢や未来があるのではないでしょうか。

 

私が、「本当はどんな風に生きたい? どんな私で在りたい?」と1年間ほぼ毎日、問い続けて出た答えは「人生のリセット」でした。

 

夫には「君が仕事をやめられるわけがない。」と止められましたが、30年走り続けてきた会社員生活を辞めることにしました。

今年は、辞めてから4年が経ちます。

 

「好奇心にあふれ、意欲的に新しいことに挑戦し、楽しく充実した時間を過ごす」〜これが今、私がなりたい自分の姿です。

 

そのためには、モノやコトが多すぎるために本当に大切なものが見えなくなってしまっているのではないか?

マキシマムになった生活からどこまでミニマムにできるのか?

 

そんな蘭子の日々の暮らしや想い、そしてシンプルライフへのチャレンジをブログに綴っていきたいと思っています。

長い自己紹介になってしまいました。

 

私からのメッセージがあなたのココロに届けば幸いです。

皆様からのメッセージ&コメントお待ちしております。

蘭子