先日、友人と久しぶりに再会、日頃のご無沙汰話から、共通の友人、そして子供の話になりました。

 

どこでも同じ悩みだとは思いますが、学校を卒業してもう大人なのはわかっているのだけれど、やはり将来が心配。

 

でも自分で決めた道を歩んでいることに口だしができない。

わかっているのに、すごく心がザワザワしている自分がいるの〜という話。

 

ある、ある・・・私も身につまされます。

 

人の親(特に母親)というものは、おそらく誰でもそうでしょうが、他人の子供のことは「放っておきなさいよ。」、「自分でちゃんと考えているわよ。」っていうくせに、自分の子供のことは必要以上に気になってしまうものです。

 

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自分と子供の価値観は同じか?

 

最近は、高校を卒業する、大学を卒業する・・・でも、その後就職しないという選択をする人はとても増えているように思います。

 

私たちが二十歳の頃は、学校を出たら会社に就職するということがふつうだった時代です。ところが最近は、会社に就職しても、定年まで勤めることは少ない、もしくは大きな会社でも存続しない、途中でリストラに遭うなど自分でも思ってもいない展開になることが多くなりました。

また一つの会社に勤めていても、そこのお給料だけでは生活できない場合もあり副業も可能というところも増えてきました。

 

要するに、私たちの若い頃のように良い学校、良い大学、一流会社に入れば一生安泰というような生活が保証されない時代となってきたのです。しかも社会や会社が不安定なのですから就職自体も非常に難しい時代になってきています。

 

さて、件の友人は息子は22歳、大学を卒業したのはいいけれど「やりたいことがある」から会社には就職せず、現在アルバイトの身なのだそう。

 

「やりたいこと」があるのは理解しているのだけれど、顔を見ればどうしても仕事の話になり、どうしても就職してほしい、というようなやり取りになってしまい、最近では顔を合わすともうその話をしないように逆に気を使ってしまうという状態。

 

「冷静に何がやりたいのか、息子に聞いたことはあるの?」と友人に尋ねたところ、ヒートアップしてそこまで話し合いまで行きつかないのだそうです。

(私も普段、そうです・・・) よくある話ですよね。

 

多くの人が死ぬときに人生を思い返し後悔すること…それは、「やりたいことに挑戦しなかったこと」と聞きます。

 

冷静に考えたら、若い時に自分のやりたいことをやらなかったら、死ぬ時に本当に後悔するのに、なのに周りの人と同じように生きることを望んでしまう、ふつうに人生送ってほしいと思ってしまう、心配させないで、って、親というものは願ってしまう。

(人によっては違うかもしれませんが)。

 

親って、矛盾していますよね。

 

愛する家族なんだから、憎いのでも嫌いなのでもないのですが、ささいなことでなんだか苛立つ。

家族は「肉親」なので、他人よりも「言わなくてもわかるでしょ!」とか、「私に似てるんだから、同じ考えでしょ」って、無意識に期待している。

 

ちょっと失敗したりすると、過去の自分を見ているようで、「そういうところ・・・直したらいいのに」と思ってしまう(笑)

 

「あ“~そういう言い方するから、友だちに嫌われるんだよ~。」なんてハラハラする。

 

親っていうやつは、無意識に自分の子供は自分の価値感と同じって思ってしまっているのです。

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人は「出口」ではなく、「入り口」ばかりを見てしまう

 

さて、これは還暦のオジ様から聞いたお話。

 

みなさんは、「出入り口」って、なんで入り口から出口へ行くのに、なぜ?名前では「出」の方が「入」よりも先についているのか、知っていらっしゃいますか?

 

で‐いり【出入り】 意味

[名](スル)

1 出たりはいったりすること。ではいり。「人の出入りがはげしい」「トラックが出入りする」

2 商売などのために、頻繁にその家や会社を訪れること。「出入りの業者」「卒業後も研究室に出入りする」

3 金銭の支出と収入。ではいり。「出入りの多い月」

4 数量の増減。ではいり。「出席者数は毎回多少の出入りがある」

5 地形が突き出たりはいり込んだりしていること。「出入りの大きい海岸線」

6 俗に、争いごと。もめごと。けんか。「やくざの出入り」

 

出入り口となぜ、云うのか?

 

それは、入り口よりも出口の方が重要だから・・・なんですって。

 

そのオジ様いわく、

親に限らず、人というものはいつも入り口ばかりを気にしているもの。

どんな学校?どんな大学? どんな会社? どんな家に住んでいるの?

それってその人そのものではありません。 つまり、単なる入り口です。

 

とかく、人は入り口だけ見て物事を判断しがちです。

でも本当は、出口を見て物事を判断した方がいいのだと。

 

その学校を出たら何を学べるのか? その大学を出たら何が身につくのか?

その会社で働いたらどんな経験を積むことができるのか?

その家に住むとどんな気分でいることができるのか?

 

人生はシンプルな方がいい。

 

どんな自分になりたいか?どんな自分で在りたいか?を考えてから、物事は選びなさい・・・と。

 

何かを選ぶ時は「入り口」ではなく「出口」を見る。

 

この出入り口の話を思い出し、件の友人に話をしました。

 

友人の息子ちゃんはどんな「出口」を見ているのでしょうね。

 

あなたはふだん、何かを選択する時に「入り口」を見ていますか? それとも「出口」?

いかがですか?