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- 50代からのシンプルライフ
穏やかな今年のお正月、初詣でひいたおみくじは「大吉」。
今年ほど、家内安全という言葉をしみじみ噛み締めたことはありません。
2016年の年末は、忘年会や飲み会に行くような気持ちの余裕がなかった蘭子です。
というのも・・・・実は、高校生の息子が家出をしまして、8日間帰ってこなかった( ; ; )
みなさんは、家出をしたことってありますか?
たった8日?と言われる方もいらっしゃるかもしれませんが、使えるスマホも持たず、金なしで、洋服を数着持って出て行ってしまい、まったく連絡がとれなかったので、ちょっと心配しておりました。
といっても、息子(高三、受験生)の家出は2回目、前回は3日で帰ってきたのですが。
(知り合いの警察官の方に聞いたところ、女の子が家出したらすぐ探さないと危ないそうです。でも男の場合は3日で帰ってきますから〜と言われました・・・その通り、3日で帰ってきましたけど。)
でも、今回は、かなり深刻でした・・・・(;_;)
スマホを持っていったもののLINEは未読、心当たりの友達にも連絡はなく行方知れず。
さすがに1週間も経つと、そろそろ警察にでも届けを出した方がいいのではないかと、思いましたが。
8日目の早朝、帰ってきました。
親は、自分の欲望を充足させるために、子供を使っている?
いなくなった時に思い返したのは、過去、私が息子にしたあれこれでした。
それは、息子がやりたい、したいと望んだことではなく、すべて私がしたかったことだったから。
以前は、ワーキングマザーでありながらも良妻賢母(特に賢母)と言われたくて、周期的にいろいろな知育モノに熱をあげていました。
すべての大義名分は『息子のために』なのですが、実は、「おしゃれでかっこいい息子を持っているママ」「優秀な息子を育てた母親」というブランドが欲しくてやっていただけなんじゃないかって。
「私は、自分の欲望を充足させるために、子供を使っていたのではないか?」ということ。
今でも思い出すと、あれも、これも・・・(笑)
買ったりしたものだけではなく、ピアノなどの習い事を入れると、自分の欲望を満たすために息子をどれだけ使っていたんだろうか?
「今までやってきたことは、自分の望んだことではない」息子の口から出た言葉は、そのまま私に跳ね返ってきました。
自分が、人の人生をなんとかしようって、思っちゃいけない。
今回の家出の原因は、進路についてなのですけれど・・・。
結局は、売り言葉に買い言葉だったような気がするのです(私が買ってしまったわけで・・・)。
でもね、本当につくづく思いました。
「自分が、人の人生をなんとかしようって、思っちゃいけないってこと」
今だって、そこそこ、名のある大学でなければ受験する意味がないじゃないの、と、まだ心のどこかで思っている。
いい高校、いい大学を出れば、とりあえずは就職できるだろう・・・そこからがスタートなのよと、勝手に自分の敷いたレールでないと歩いてはいけないように思ってしまう。
親というものは「あなたのために」、「子供のために」と言いながら人(子供)の人生を、自分の思った通りに歩かせようとしがち。
そして、そう、頭の中でわかっていても「こうした方がいい」、「ああしちゃダメ」「こっちが近道」・・・、あれこれ指示したり、レールを敷いたりしがち。
でも、人生は、その子のもので、私の人生ではないのです。
私自身の夢や希望や願望実現のためにあるものではない。
いない間、そう思える時と、何か重大な事故に巻き込まれているんじゃないかという心配とが交互に胸の中にありました。
ただ、そう思いながら、「息子自身が、自分で何でもできる」という感覚になった時に、きっとあの子は帰ってくると・・・。
蘭子の子育て論はこちら→子育て本を断捨離、本には書いていない息子とのつき合い方のススメ
8日後に帰ってきた息子、受験しないことに決定!
(家出から)帰ってくるなり、息子「大学行かないことにした!」って(−_−;)
そして、「ラッパーになる」って言うし、でもここで、また揉めると、出て行くってなるので、夫もしばらく放っておけということになりまして。
でも、何にも言わないで見守るって!難しいものです!
息子に、なんにも言えないって、まじ、苦しい。
「俺、バイト決めてきたから・・・、仕事するわ、明日から」って言うので、心の中では(おい、おい、受験はなしかよ~~~)と思いながらも、夫と二人で「真面目にやるなら、何も言わないから」って言ったんですよ(本当は言いたいけれど)。
「え~~~!?受験やめて、ラップしてこんな感じになっちゃうの?」とは思うものの、今更勉強もしたくないだろうし・・・ってほっとくしかないので、放っておきました。
お金稼ぐために、派遣(肉体労働だよ)に行くようで、早々に作業服も購入。
次の日に朝5時起き(弁当持ち)で出かけました・・・・。
そうしたらですね。
仕事先から電話がありまして、貧血で倒れたらしいんです!(◎_◎;)
仕事やる前の朝礼で、貧血(チ〜〜〜ン)
蘭子的には、「おいっ! 身体勝負の仕事じゃね~の」って、突っ込んでやりたかったです(爆)。
もちろん、仕事にならないから帰されてきましたけれど。
夢の中で聞こえたのは、自分自身の心の声
その夜、初めて「この先どうしようかな〜?」って、話に来たんです。
貧血で倒れた後、しばらく横になって寝ていたらしいんですが、その時に誰かが「お前、これからどうすんの?」って聞いたそうなんです。(まさに心の声でしょ!)
そこで、初めて「俺、これからどうするのかな〜?このまま仕事して土日ラップして、また平日仕事して・・・その繰り返しでいいのかな〜?」って考えたって。
そしたら、「やっぱ、大学行こっかな~~~」って・・・・・。←気付くの、おせーよ!
息子の「大学行くの、止めた」宣言が撤回されたけれど。
この時期(あと1ヶ月ないのに!)にきて、この調子って、遅すぎやしないか?って思いますが、一番大事なのは、自分で決めること。
多くの人は、「決める」ことをしないで、決めたような気になって人生を進んでしまいます。
かくいう私が、それ。
何になりたいのか、明確に決めないまま、なんとなく歩んできてしまうと、こんな程度の人生になるんじゃないか?と思うわけです。
ラッパーになりたいと言っても、なれなかったら本気でなりたいのではないということ。
人って、不思議なもので本当にしたいことしかできません。
自分がやりたいことであれば、やれるはず。
もし、やれなかったら、本当にやりたいことではないことなんです。
よく、自分の本音がわからないという方がいらっしゃいますが、それを知るのは実はとてもかんたん。
その人の日々の行動をみれば一目瞭然なのです。
例えば、ブログを書きたい!と思っても睡魔に襲われて寝てしまうのは、本当は「ブログを書きたい」ではなくて、「眠りたい」なのです(←反省)。
で、本当に大学行きたいのであれば、勉強するでしょうし、ラッパーになりたいならラップするでしょうということ。
「決める」ことができる人であれば、どんな人生も開くことができると思います。
そして、もし「決められない」人であったとしても、それもまた、その子の人生ということなのです。