公開されてから、かなりヒットしているというミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』(原題:La La Land 2017年2月24日公開)を観てきました。

もちろん、痛風の夫と平日シニア二人で2200円というペア割引です。

 

アメリカ・ロサンゼルスで、成功を夢見る若い二人の出会いと別れのラブストーリーといえば、あまりに平凡なのですが、読後感というか観終わってから何度も込み上げてくるなんとも言えない感情があったので、備忘録がてらレビューいたします。

 

 

映画のタイトル『La La Land(ラ・ラ・ランド)』とは、アメリカ・ロサンゼルス(L.A.)のことを指す言葉。

言葉の裏には、ハリウッドを中心に夢を追う人々が集まることから「夢見がちな現実離れした人」といった少しネガティブな意味合いが含まれています。

 

そんなL.A.で出会った女優志望のミアとジャズピアニスト、セバスチャンのラブストーリーが『ラ・ラ・ランド』です。

2016年ナンバー1の映画と評する人も多く、英国アカデミー賞やゴールデングローブ賞など、各映画賞をことごとく受賞しました。

 

去る2月27日に授賞式が行われた第89回アカデミー賞では史上最多タイとなる14ノミネート(13部門)を果たしたのですが、ウォーレン・ヴューティおじさんの誤発表のアクシデントもあったりして、最終的にはアカデミー賞は逃し、監督賞、主演女優賞など全6部門を受賞しています。

 

監督は若き才能、デイミアン・チャゼル

 

夫に「La La Landを観に行かない?」と誘われた時は、本音は「え〜〜、ミュージカル?」ってあまり乗り気ではなかったんです。

しかも「アカデミー賞逃した作品でしょ?」って、思っていました。

 

それにキャスティングもね・・・私の好みじゃないし・・・って思っていたのですが。

観だしたら、オープニングの長回しにやられちゃいましたね(笑)

 

映画『ラ・ラ・ランド』の監督・脚本はデイミアン・チャゼル。

1985年生まれと若い監督ですが、第2作目となる映画『セッション』が低予算ながら非常に高く評価され、アカデミー賞ではJ・Kシモンズの助演男優賞をはじめ3部門を受賞、一躍映画界のホープとなっています。

 

チャゼルが映画『ラ・ラ・ランド』の構想を思いついたのはハーバード大学在学中だそうです。

大学の卒業制作では、先行的作品とも言えるボストンのジャズミュージシャンを描いた短編映画『Guy and Madeline on a Park Bench』を制作しています。

そして、それをベースにして彼の構想全体を実現させたのが、本作『ラ・ラ・ランド』。

 

ミュージカルというだけでなく、L.A.のマジックアワーといわれる夕焼け空の美しさや街並み、LA をこれ程美しく撮ったリヌス・サンドグレン撮影監督(『アメリカン・ハッスル』)にも脱帽です。

昔ながらの2.25対1の比率のシネマスコープの古さが逆に新しく感じます。

 

ミュージカル映画やジャズが「死にかけている」この時代に、こんな作品に果敢に挑戦し、見事成功を収めたのが1980年代生まれの若き才能ということに感服というより他ありません。

 

あらすじは、こんな感じ〜「目指す夢と現実のはざまで」

 

主人公のミア(エマ・ストーン)は、女優になるという夢を抱きながら撮影所の中にあるカフェで働いています。

 

*この映画の撮影所が蘭子が以前勤めていた会社だったため、一気に親近感〜映画のセットなのに、その場に自分がいたような気持ちになってしまいました。

 

時折、働いているカフェを訪れる有名女優に羨望の眼差しを送りつつも、実生活ではオーディションに落ちてばかり。

 

もう一人の主人公、セブ(ライアン・ゴズリング)は、マイルス・デイヴィスやセロニアス・モンク、ジョン・コルトレーンに憧れるジャズピアニスト。

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彼の夢は、いつか自分のジャズクラブを持つこと。

 

何度かの偶然の出会いがあって二人は恋に落ちます。

そしてお互いを励まし合いながら夢に向かう二人ですが、その舞台となるL.A.も時代の波には逆らえず、アートが失われてゆく街の様子が描かれています。

 

名画を上映していた街の映画館は潰れ、ジャズクラブは姿を消し、求められるのは大衆に受けるものばかり。

『雨に唄えば』や『理由なき反抗』、『サンセット大通り』など、各所にハリウッド黄金時代の名画へのオマージュがちりばめられた本作ですが、あくまでも舞台はアートが街から失われつつある現代のL.A.です。

 

  • あ〜〜、これもわかる、わかるわwと、のめり込み状態。

 

どんな若者もそうですが、いつか自分の目指す夢と現実の間で折り合いをつけることを余儀なくされます。

女優になりたい、お店を持ちたい、XXになりたい。

誰だって、そんな夢を持っていますが、現実に飲み込まれていくものです。

 

そんなある日、学生時代の友人キース(ジョン・レジェンド)率いるバンド「ザ・メッセンジャーズ」のキーボードにとセブは誘われます。

店の資金作りのため、本来自分が志してきたものとは異なる音楽を演奏し、生活の糧を得るようになっていくセブ。

ミアと出会ったばかりの頃、周りの反応など関係ないと語っていたセブが、安定した収入のために「大衆受けする」音楽を演奏するようになっていくのです。

 

この場面のセブの心理を現すかのように、ミアとのデートでは白いYシャツなのに、バンドの演奏の時は黒Yシャツ(白→黒の気持ち)姿。

 

現実と目指す夢の狭間で揺れ動くアーティストの葛藤を現すかのような、「ザ・メッセンジャーズ」が演奏する楽曲『START A FIRE』。

友人キースはグラミー歌手ジョン・レジェンドが演じていて、そこもまた見処。

 

バンドのライブで忙しいセブ、そして自作自演の一人芝居興行に挑戦するミア。

おきまりのようなすれ違いが始まり・・・と、エンディングがハッピーエンドかどうかは観てのお楽しみです。

 

ピアノを弾ける男ってセクシー♪ライアン・ゴズリング

 

というのは、蘭子の昔からの男性観です。

息子にも、どうしてもピアノを弾ける男になってほしくて、無理やりお教室に通わせました。

 

親の思う通りにはならない息子について→子育て本を断捨離、本には書いていない息子とのつき合い方のススメ

 

映画の冒頭で、汗臭そうだな〜と思わせる主人公セブを演じるライアン・ゴズリング。

ずーっと観ていて、どこかでみたことのある顔なんだけどぉって最後まで、名前が思い浮かばずに映画終了。

 

顔の優しさと、体のがっちり加減がどう見てもミュージカル向きじゃないんですけど…と思いつつ、本当ならフレッド・アステア(古っ)みたいなスマートな人の方が良いのでは?と、初めは観ていたのですが、最終的に下半身がっちり型のライアンがスマートに見えてしまったのはなぜでしょうか。

 

ライアンは、軽く弾ける程度だったピアノを3か月の猛特訓によって上達させ、見事(手元のアップさえも)代役なしで演じ切っています。

普通なら代役ありで、顔と手のアップが別なのに、長回しでピアノすべてを弾きこなしています。

この演技が作品の完成度をさらに高めていることは言うまでもありません。

 

自宅のピアノでセロニアス・モンクの1966年のアルバムに収録されている『Japanese Folk Song(荒城の月)』(滝廉太郎の『荒城の月』を元にした曲)のレコードをかけながら同じフレーズを繰り返し練習しているところ、クラブでピアノをひいているところ・・・ライアン自体は、まったく私の好みではないのですが、なんだかセクシーなんですわ。

 

そして、何度か登場する主人公セブの愛車は、1980年代のリヴィエラ・コンバーチブルという車種ですが、実は私の父が乗っていたアメ車。

古き良きアメリカも失われつつあるってイメージなのでしょうか。

今時、こんな燃費の悪い車に乗っている人っているんでしょうか?と思いながら、対するミアはトヨタのプリウスなんですけれど(笑)。

 

アメリカン・ガールなエマ・ストーン

 

ミア役のエマ・ストーンは目が大きいのと肉感的な唇、これぞアメリカンという女優顏の女子です。

元々、表情豊かな女優さんだと思いますが、とにかく表情のバリエーションが凄い。

日本人じゃいないわ、こんな人〜って思うのですが、でも好感が持てるのは、アメリカの女優さんにしては胸が小さいところ。

なので、衣装のワンピースがグラマラスすぎなくて、とてもかわいい印象に仕上がっています。

 

今のLAを舞台にしたラブストーリーなら、衣装ももっとカジュアルでもよいのに、あえてちょいノスタルジックな形のワンピース姿が多いのです。

そして、セブと同じく、シーンの心理を現している衣装の色がとってもカラフル。

 

Photo: Dale Robinette/Summit Entertainment

友人4人で出かけるパーティでは、こんな信号機のような楽しげでの賑やかな人たち(笑)

 

Photo: Dale Robinette/Summit Entertainment

2人でお揃いの靴を履いて街の夜景をバックに踊るこの美しいシーンで着ている黄色いワンピース。

 

Photo: Dale Robinette/Summit Entertainment

ラブラブなデートは、ピンクのワンピース

 

Photo: Dale Robinette/Summit Entertainment

ロマンチックな天文台のシーンでは、グリーンのワンピース

 

前半、あまりにも素敵なデートをした展望台に、後半再びやってきて現実的な相談をする場面では、すっかり普通の展望台としてなっていて、主役の二人も「昼間来ると、なんかアレだね‥」というシーン。

Photo: Dale Robinette/Summit Entertainment

ここでの衣装は、現実的ですごくカジュアルになっています。

 

最初は明るくて強烈な色ばかりで、少女っぽいのですが、彼女が成長して仕事に入れ込むようになると服の色の彩度が落ちて行きます。

そしてラストに近づくにつれ、だんだん大人になっていくシーンでは、文字通り白と黒の服に。

そして5年後には、同じ女性なんだけど、より洗練されたブラックのドレス姿になっていくところなど、ミュージカルらしく衣装も見処がたくさんあります。

 

「もしも、あの時・・・あなたを選んでいたら」50代蘭子の場合

 

さて、ラストシーンは、女優として成功しつつあるミアが、偶然にもセブの店(こちらも自分の店を持って成功)で再会する場面。

ここで、「もし、二人があのまま付き合って結婚していたなら・・・」という回想場面がシンクロします。

 

「もし、あの時(ジャズバーで)、そのまま付き合っていたら」とか「もし、あの時、一緒にパリに行ったら」とかの妄想シーンになるのですが、おそらく観客はそこで胸がいっぱいになってしまうんじゃないかと思います。

 

でもね、冷静に考えたら、それはあり得ないの。

 

だって二人とも「夢をあきらめない」って決めたから。

お互いに譲れない夢があったからこそ、成功するのであって、おそらくどちらかが夢をあきらめて、どっちかにくっついていったら、ミアは女優にもなれなかったし、セブは店も持てなかったと思うのです。

 

大抵の人は、夢よりも「今、好きかどうか」とか「安定しているから」とかで、自分の夢をあきらめてしまうのじゃないかしら。

なので、あの時、二人は別れてよかったし、だからこそ、成功したのだと思います。

 

エンディングで私が思い出したのは元旦那のことでした。

 

【衝撃!元旦那の訃報に想う〜人間関係の取引を無意識にしていたあの頃】蘭子の黒歴史

 

元旦那の葬式の後、一緒についていってくれた友人A子から尋ねられたのだけど、「あの時、本当に別れてよかったの?」って。

 

でも、今でもはっきり言えます、別れてよかったのだと。

 

もし、あの時、あの人を選んで専業主婦になり自分の仕事をあきらめたら、きっと私も今のような素晴らしい暮らしを持てなかったと思うし、私とずっと一緒にいたら元旦那だって会社の社長になるなんてこともなかったとも思うのです。

 

観ていて、キャリアの成功と人間関係の充実はトレードオフなのか、それとも両立しうるのか非常に考えさせられます。

ラスト・シーンで流れる「CITY OF STARS」に、心の中では号泣状態になりましたけど、隣では痛風の夫(爆)。

 

すでに、いろいろなところで話題になっていてネタバレもしているのですが、これは絶対に映画館で観るべき作品。

若い人なら自分の夢を思い描くべきだし、中高年なら夢をあきらめないってどんなこと?って考えたらよい・・・久々にまた観たくなる映画に出会いました。