大量の本を断捨離した時に、子育て本も随分と処分いたしました。

いわゆる How To本の類です。

 

蘭子は晩婚だったのと、働いている状態をキープするので精一杯で息子一人しかおりません。

若い時は子供は2〜3人欲しいな・・・と思っていたのに、産む時期を逸してしまいました。

 

一人しかいないので、後にも先にも子育ては一回こっきり、失敗は許されないと、随分、頭でっかちになって、育ててしまいました。

 

子育ても、まずは本を読んで知識を入れる方が先、ところが実際はその通りにいかないものです。

 

一人っ子の扱い方、男の子の脳の違い・・・こういった本を「処分しようと思うの」と友人に話したら、即座に

「ああ~、私も持ってる〜『男の子育て~。』的な本!!持ってることに満足で、ちっとも役立てられなかった。」

「うちにも、ある。この手の本!読んで、この通りになれば、苦労しないわい! (笑)」などなど、男の子ママからは、あるある意見が。

 

本に書いてあることはごもっとも、だけどその通りに対応しても、その通りの反応があるかというと、まったく違っていたりすることもあります。

 

子育て本、今更持っていても役に立たず・・・断捨離いたしました。

 

本のセオリー通りに子育てできれば、世の中、優等生だらけ、なのに子育てでこんなに悩んでいる人が多いのは、セオリー通りにいかないから。

100人いたら100通り、1000人いたら1000通りの子育ての方法があるのです。

 

人と同じ子育ての方法があるわけじゃないし、そして、最後まで正解はないということ。

 
ポチッと 1クリック!どうぞ、よろしくお願いします。
にほんブログ村 ライフスタイルブログ シンプルライフへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ にほんブログ村 その他生活ブログ 断捨離へ

 

「そうはいっても、いい子に育ってほしい。息子が気になる。」というあなたへ

 

母親という女性にとって、息子というのは、まったくの異性でないのが曲者です。

夫というのは初めて会った時から男性なので、違うモノとして理解できるのですが、なまじ血を分けた自分の分身のような存在だから故に異性でもなく、違うモノとして認識しにくい。

 

小さな頃は、まだ親の言うことも聞きますが、小学校に上がる頃になると、いっぱしの自論を展開し始めるので、本当にやっかいです。

 

こうなってくると、憎いのでも嫌いなのでもないのですが、些細なことでなんだかイライラします。

 

家族は「肉親」なので、他人よりも「言わなくてもわかるでしょ。」とか「私の子供なのだから同じ考えでしょ?」って、無意識に期待してしまうのです。

 

そして、ちょっと失敗したりすると、過去の自分を見ているようで、「そういうところ・・・直さないと、後で困るよ!」と思ってしまったり(実際には、困ったのは蘭子自身です)。

「あ~、そういう言い方するから、友だちに嫌われるんだよ~」なんてハラハラしてしまうのです。

 

後で困ろうが、人に嫌われようが、その子の人生

 

母親は、無意識に息子に「期待に応えてほしい」と思いながら、育ててしまう。

 

ママ友と話した時に、すべての友人が口を揃えて言うことが、「息子には、好きなことをしてほしい。」です。

スポンサーリンク

ところが、「好きなことをしてほしい。」と言っているそばから「◯◯大学くらいは出ていないと」、「27歳までには人より抜きん出ないと」という話に展開していく。

 

一体、何を根拠にその基準ができているのか?まったく不明ですが、結局のところ、「自分たちの時代はそうだったから」、「今、夫の会社ではこうだから」という思い込みだけで、話しているのではないでしょうか?

 

27歳までに人より抜きん出なくとも(人より抜きん出ることの定義もあやふやですが)、幸せな人生を送っている人はたくさんいるでしょうし、◯◯大学を出ても自分の好きなことで生活できないことの方が多いような気がします。

 

誰もが死を前に後悔することとしてよく聞くのは「期待に応えるよりも自分らしく生きればよかった」というもの。

そして、後悔のもう一つとして「やりたいことにチャレンジしなかったこと」と語るのも納得します。

 

「息子には好きなことをしてほしい。」という意味は、まさにこれですが、「幸せになってほしい」→「自分が考える幸せの形」ではないということです。

 

なのに、母親って無意識に息子に「(自分の思っている)期待に応えてほしい」と思いながら、育ててしまうのです。

 

自分の価値観と、子供の価値観は違うということ

 

気になって仕方がないのは、しようがありません。

 

でも一度、認識した方がよいのは「自分と子供(息子)の価値観はまったく違う」ということ。

 

本当に、その子の人生を生きてほしい、その子自身が幸せと感じてほしいなら、自分の幸せと重ね合わせないこと。

自分の在り方をシンプルにすれば、人の在り方にも口を出すことはしなくなるでしょう。

 

人は人、自分は自分。 それがたとえ、息子であっても娘であっても、その子の人生。

幸せはその子が感じるもの。その子が幸せと思えるのなら、それが一番なのです。

 

そうすると、息子が気になるという思いから少しずつですが解放されるのではないでしょうか。

 

うん、ちょっと昔の蘭子に教えてあげたかったです。

「子育て本を読むより、『自分の人生と人の人生は別だと理解する』と、もっと楽になるよ」って。