11月に入ると数年前に他界した母の命日がやってきます。

周りをみても50代ともなると、みな祖先のお墓参りを掌る世代のようです。

そして、そろそろ自分たちのお墓も用意しようかな・・・なんて思い始めるようですね。

 

この間久しぶりに会った元会社の同僚、50代おひとりさまは、「桜の木の下の墓地、樹木葬というのを用意した」と話していました。

子供がいないから、誰かに世話をかけたくない、年々咲く桜の下で眠っていたい、というのが彼女の希望なのだそうです。

 

よくよく考えると、今は少子化が進み、家族の数自体が少なくなっていくと、一体誰がお墓を面倒みるのでしょうか?

今日は、お墓断捨離について書きます。

 

お墓は、誰のものなのか?

 

蘭子の実家は、お墓が愛知なのと父の命日、母の命日にいつも供花を送る形にしています。

お墓といっても、数年前供養塔に建て替えたのですがここには両親と、父方の祖父母、曽祖母が入っています。

 

ですが、私達姉妹、娘二人は嫁いでいるし、実家をそのまま継ぐこともない今、このお墓を開けて誰かが次に入ることもないのです。

そういうわけで、母が他界した後に、父の兄弟である叔母叔父とも相談し、慰霊塔にすることとしました。

 

こういった場合、このお墓、永代供養という形で後々まで菩提寺にお世話をしていただくのが習わしのようです。

実家のお墓は菩提寺にあったわけではないのですが、父の従兄弟が住職をするお寺にあり、手厚い永代供養も約束していただけることとなり、本当に感謝をしています。

 

狭い日本なのに、この少子化の時代、広いお墓は必要なのか?

 

実家のお墓に入ると決まっていない場合、墓地・霊園一区画 ◯◯十万円とかいうチラシが気になりだす方も多いのではないでしょうか。

家族の筆頭者がお墓をまず用意するわけですが、それ以外になった場合、自分の入るお墓は用意しなければならなくなります。

 

「まだ、死んでもいないのに、こんなに払って用意をするの?」というのが、私の感想。

不謹慎と思われるかもしれませんが、日本人特有のお墓に何百万もかける思考がどうも解せないのです。

 

祖先は心の中に生き続けるもの、大切に思うもの・・・・・であれば、お墓自体は お骨を休める場所として、それなりで良いというのが本音です。

 

外人である夫、火葬は嫌だと言っています。

父が亡くなった時、火葬にしてみんなでお骨を拾ったことは彼の中では恐怖以外の何物でもなかったようです。

なので、「お願いだから土葬にしてくれ(←怖っ)」というのが希望です。

 

今の日本で火葬以外の方法があるのか調べてはいませんが(その時になったら、その時で・・・)、さすがに土葬は難しいと思いますが、可能な限り希望通りにしてあげたいと思います。(多分、無理?(^_^;)

 

いずれにせよ、いわゆるお墓は持たない方向でと考えています。

 

「では・・・・・、あなたが亡くなった時はどうするの?」 よく、こう聞かれます。

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私は海に還る

 

私は海に散骨してほしいと思っています。

できれば、この湘南の海に。

 

生まれる時も一人なら死ぬ時も一人、死んでから誰かと一緒のお墓でなくても良いと思っています。

そして、出来るだけ子供たちに負担がかからない方法で、というのが希望です。

船を出して、家族で散骨ということが最近はできるようです。

 

何か形に残るものではなく、私は私自身が生きたという証があるだけで充分。

 

そんなシンプルな気持ちで人生を全うしたいと思っています。