昨夜、友人から久しぶりのメッセージが来ました。

アラフォーおひとりさまのWちゃん(元旦那の部下)、「もしや結婚?」と返事を返したところ・・・まさかの訃報

 

蘭子の元旦那が一昨日亡くなったことを知らせてくれたのです。

・・・衝撃でした。

だって、亡くなるなんて想像もしていなかったのですもの。

 

そして思い出したことは、彼と結婚していたあの頃、私は人間関係取引を無意識でしていたのではないかっていうこと。

 

今日は、普段、人が無意識でしている人間関係の取引について書きます。

 

先日、20代の友人と話していて、こんな会話が出てきました。

「この前、彼氏が○○に付き合ってくれたから、私もXXに付き合ってあげようと思いました。関係は対等だから、ギブ・アンド・テイクなの。」

 

彼女に聞いてみると、いつも相手が自分に何をしてくれたのか、を心の中でグラフ化しているそうです。

「でも、最近 どこかに行こうと言っても、いい返事が来ないんです。

それで、この前誘われたんだけど、断りました。」

 

それって復讐?とまでいかなくても、やり返しちゃったわけね・・・って心の中でつぶやきながら、聞いていました。

 

若い子に限らず、どの年代でもこういう人っていますよね。

人間関係の中で、無意識に取引している人、ママ友にもいますよ。

 

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「クレクレ星人」蘭子の結婚

 

蘭子も、若い頃かなりやっていました。(一応、過去形)
「相手がどれだけ私に何をしてくれるか?」が、付き合う男を選ぶ基準でしたし、そもそも相手を好きになる理由の大前提が「彼が私のことを大好きなこと」でした。

 

つまり、「愛されないと、愛せない」、「愛されたら、愛してあげる」という構図(←おいっ!どんだけ、お前は女王様なんかいっ!)

 

大学時代に付き合いはじめた彼(元旦那)との関係は、これでした。

バブル時代のアッシー、メッシーな彼。

いつも私のことを「お嬢」と呼んで、学校の行き帰りも車で送迎、割り勘はしたことがない。

彼が私を好きだから、私も彼を好き。

その頃はそれが当然!

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まずは、尽くされたら返してあげるという、私の彼に対する愛情は「条件つきの愛情」でした。

 

でも結婚して一緒に暮らしているうちに、相手にしてみたら「え?じゃあ僕が蘭子のことを愛さなかったら、僕のことは好きじゃなくなるの・・・?」って。

あえて言葉にしなくても、その「条件付きの愛情」は、相手に伝わってしまうようで(−_−;)

最終的に「結局、蘭子は僕のことなんてどうでもいいんだよ」と、自暴自棄になってDVにまで発展したりしちゃったんですね。

 

あの頃は、逆に「私こそ、あなたに大事にされていない。あなたこそ、全然愛してくれていない。」と思っていたけれど、いやいや今想うと、自分こそが「愛情を求めるくせに与えない」というクレクレ星人だったというイタい過去に気がつきました。

 

つまり、私の中では「愛情の勝ち負け」で、「多く愛した方が負け」みたいな気持ちになっていたのです。

 

バブルでクレクレ星人降臨→真のミニマリストを目指す50代主婦、蘭子です。

 

愛は惜しみなく奪う?与えるもの?

 

なんで、そんな風にクレクレ星人になっていたかというと、自分が相手に愛を注いだら「損する」「傷つく」と無意識に思っていたから。

だから、最後まで彼に「私があなたとつきあった時間を返して!」なんて、しょ〜もないことを言って困らせたり、わざと怒らせるようなことをして追い詰めたりしちゃったのです。

 

今でも、そんな昔のクセが出そうになる時もあるんですが・・・あっ、これって男性相手ではなく女友達との間でもあります。

「あの人は私によくしてくれたから、私も何かしてあげる」っていう気持ち。

 

これって、小さい時からどんな風に周囲から言われたり、扱われたかの集積で作られたもの。

長年の習慣ともいえる潜在意識の中の思考の癖なので、ちょっとやそっとでは変えられないのです。

 

でも今は、それを意識的に抑えて「愛されるより愛そう」、「ギブ・アンド・テイク」なのではなくて「ギブ・アンド・ギブ」って思うようにしています。

 

人間関係の法則は「ギブ・アンド・ギブ」

 

よく言われますが、人間関係とは鏡のようなもの。

自分がやったことが相手から返ってくる、であれば、まずは自分から愛を注ぐということ。

 

「愛を注ぐ」というか、自分からすぐに「やろう!」と思えたり、実際に行動に移すことが出来る人というのは、とても少ないと感じます。

それが出来る人というのは、自分が満たされている人。

 

「ギブ・アンド・テイク」という「取引」の感覚が心にあると、心に天秤ができます。

「彼は私に○○をしてくれた。」→相手の方に傾く。

「だから、私も○○してあげた。」→私の方に傾き、釣り合いが取れる。

 

ところが、そんな天秤ごっこをしていると、「私は○○してあげた」の方がなんとなく多いように感じるようになります。

「なのに、彼は私に○○しかしてくれない…。」

 

「あなたが私の心を満たしてくれるなら、私もあなたの心を満たすお手伝いをしましょう」という取引、これが「クレクレ星人」の特徴。

 

取引の根底にあるのは、「損」か「得」かという感情以前の計算。

「損をしたくない」と思うから、出し惜しみをするし、相手の愛情を秤にかけます。

 

なので、冒頭の20代の子のように、してくれたことをグラフ化してしまったりします。

愛情って見えないし、メモリもないから本当は測れないものなのに。

損得で相手との関係性を見ている段階で、それは愛ではないのかもしれません。

 

人から認められたいという人とは?→変わりたいのに変われない人の特徴〜「在りたい自分」がわかるとブレなくなる

 

子育てにもある「クレクレ・ペアレンツ」

 

実は、子育てでも、この損得勘定ってあると思います。

ありがちなのが、

「育ててあげているのだから、言うことを聞きなさい」→思い通りに動いてくれると私が安心できるから(安心をクレ)。

 

「クリスマスにプレゼントがほしいなら、いい子になりなさい」→何もしないでプレゼントがあると思ったら大まちがいよ(私にこそ奉仕してクレ)。

 

「お金をかけてあげているのだから、いい学校に入りなさい」→私の自尊心が満たされるから(良い母と認めてクレ)。

 

私は毎日、家族のためにお金ももらわず働いているのだから・・・と、書きながら、私自身がやっちまっていたのですが(−_−;)b。

 

自分の欲望を充足させるために子どもを使っている?→【高校生の息子が家出しました】心静かなお正月に想うこと

 

子どもは自分を満たすための存在ではありません。

自分が満たされていない人は、「愛してクレ!認めてクレ!」って他の人に求めるようになってしまう。

子どもに、それを要求しながら育てると、その子もまた、子どもや周りに「愛して!認めて!」と言うクレクレ星人になっていきます。

 

子どもたちを見ていると、それがとてもよくわかります。

親に無条件に愛されて、そして自分自身が満たされている子どもは、自分に自信を持っている。

そして周りの人を気遣うことができる。

 

だから、まず基本はやっぱり「自分」なのではないかと。

 

足りないマインドではなく満たされマインドで→シンプルで上質な生活をおくる時に必要な「足るを知る」という思考

 

損得の取引の世界から抜け出す方法

 

損得の取引の世界から抜け出すためには、まず自分を満たすのは自分自身だと理解(理解というより決断する)ことです。

 

もちろん、まわりの人から与えてもらうことはたくさんあります。

それは感謝して受け取り、奪おうとしないこと。

 

自分を満たすって、何かごほうびのモノを買うことではなく、自分を慈しむこと。

自分のどんな思いも、感情も大事にし、欠点だらけの自分であっても愛すること。

自分の中から 「クレクレ星人」が出てきたら、「そういう思いがあるんだなあ~」 と受け止めて、流してしまうこと。

(これができなくて、ザワザワ、悶々とする方も多いと思いますが)

 

自分が自分の味方になり、かけがえのない存在だと思えるようになると、誰かから何か(愛情)を奪わなくても、自分の力で凛と立っていられるはず。

そうすると、自分自身が、自分の心を満たしているので、まわりに愛を注ぐ余裕もできるんですね。

 

損得の取引の世界から抜け出すには腹を括ることが必要です。

 

自分を信じることが出来なかったら、まわりの誰のことも、信じることが出来ない→シンプルな気持ちの切り替え方でイライラや落ち込みを手放す3つのコツ

 

シンプルなことの積み重ねが、自分を満たす

 

自分がやりたいことをやる。

自分が食べたいものを食べる。

自分が逢いたい人に逢いに行く。

自分が行きたい場所に行く。

 

休みたいときには休む。

やりたくない時は、やりたくないって素直に言う。

 

怒ったり泣いたり誰かを羨んだりしても、そんな自分の感情をすべて受け止める。

そして、与えたものの見返りを求めない。

 

ジャッジをしない。

ジャッジをせずに、ああ今そんな風に感じてるんだと受け止めて許す。

 

とてもシンプルなことなのに、なかなかできないですよね。

でも、そんなシンプルなことをひとつひとつ積み重ねることが、自分を大事にすること。

 

自分で自分を満たしてあげる。

自分を愛せる人が、本当の意味で他人も愛せる人。

見返りを求めない愛情を注げる人。

 

あぁ、まだ発展途上の私。

 

 

元旦那に、言ってあげたかったです。

「あの頃、私は「クレクレ星人」でした。

あなたに与えてもらったたくさんのモノに気づかなくてごめんなさい」と。