先日、息子の部屋に思わぬデッドスペースを発見したミニマリストを目指す50代主婦 蘭子です。

思わぬというより、単に忘れていた、目に入っていなかった・・・というスペースがあったということです。

 

息子の部屋は、他の部屋にくらべ十分な物入れの空間がある上、ベッドを置くために開かずの物入れになっている半間があったのです。

このスペースがクセモノでした。

 

2階の四畳半、床面積自体は小さいのですが、部屋の両脇に一間半の物入れのスペースがついています。

この物入れのスペース、実は息子の服は半間のタンスに納まっていて、あとは家の細々とした(でも普段は使わない、みることがない)物入れになっているのです。

 

しかも北側ですが風通しがよく、湿気のつきにくい部屋なので、保管しておきたい書類や衣服は、ついこの部屋にいれてしまうようになっていました。

 

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先日の毛布を断捨離の際、2階が気になって、息子の部屋に入ってみました。

 

デッドスペースにあったものとは?→野菜の宅配会社が毛布の回収?〜もったいないの行方

 

デッドスペースは鬼門だった。

 

ふとベッドに目をやった時に、思い出したのが、ベッドを置いているが故に開かずの扉になっている物入れ(デッドスペース)の存在です。

 

Dead space デッドスペースとは、まさに死に場所(使われていない死んだも同然の空間)という意味です。

 

ベッドを動かしてみることにしました。

 

ベッドで塞がれた半間の物入れは上下に分かれています。奥行きはそれぞれ90cm、十分すぎるほどのスペース。

ここから出てきたのは・・・・この衣装箱、昔ながらのブリキの缶が4個。

反物を保管するための缶なので長細く、深さは30cmほどあります。

この中に入れて防虫剤を入れておくと湿気やカビにもなりにくいので、この家が建ってからずっと母が使っていたものです。

 

私が覚えているのは確か9個、この缶があったということ。(あと5個の缶がどこにあるか不明(^_^;)

 

今ならプラスチックの衣装ケースなのでしょうが、几帳面な母はこの缶に番号を書いて、中のものを整理していました。

シーズンごとにこの缶の中身を入れ替えていた・・・そんな記憶があります。

 

母が亡くなってから、この缶にも着物をいれたような・・・・と、開けてみると!

〜〜〜ありました!

 

何枚かの着物と仕立てていない反物、使っていないショールなどが2缶分。

他の2缶には、6年前に整理した時に保存した息子の小学校の時のものと実家の古い写真などでした。

出てきた着物類は、先日のタンスの肥やしであった着物と一緒に断捨離対象になるようなものです。

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開かずの扉の向こうにある→ふだん意識していない押入れの布団を断捨離

 

感謝と呪縛

 

一体、何をしたかったのか? どう、させたかったのか? 母は娘である私にどうなって欲しかったのであろうか?

 

名古屋出身の上、着物好きだったが故に、娘がお嫁入りの時はタンスに着物がたくさん入っていないと、と思い込んでいた人でした。

他の人が馬鹿らしいと思おうが思わないかは関係なく、そのような人。

サラリーマンである父の収入の中をやりくりして、できる限りの着物を持たせてくれました。

 

その思いの中には、「この着物を毎日着て優雅に生活できるような人と結婚してほしい。人と比べて豊かな気持ちになってほしい。お茶やお花を習ってほしい。着物を気軽に着て出かけることができる人になってほしい・・・・」などなどの、母としての想い、物質的な豊かさを含めた願望、そして母の見栄も含まれていたのだと思います。

 

引っ越しのたびに、この何十枚かを動かしていたのですから、まさにこれは、母の呪縛ともいえるものなのではないでしょうか。

「呪縛」というと親不孝とも言われかねませんが、私は、親が私にしてくれたこと(行為)には感謝しているものの、私がしていた行為自体は呪縛だったのだと思うのです。

 

確かに、私が20代から30代の頃は、勤めていたのは女子が多い会社でしたので、同僚の結婚式などは着物を着た方が洋服を毎回買うより楽でした。

また息子の学校の入学式・卒業式など、式典は着物で出席していました。

 

でも、50代になってみて、今後着物を着る機会は何回あるのだろうか?と数えてみると、友人の結婚式(50代なのでもうほぼないでしょう)、息子の入卒イベント、どこかへ観劇? 夫の葬式?(実家に行くなら洋服でしょう)くらいのものでしょうか?

 

おそらく10回あるかないか? 紋入りの喪服さえ必要でないと思います。

喪服については賛否両論だとは思いますが、夫の実家(外国)まで行って喪服を着ることはまずないでしょう。

 

しかも、あらためて持っていた着物を見てみると「色や柄が若すぎて着られない」というものが大半。

ならば息子のお嫁さんに・・・と友人にも言われましたが、それこそあるかわからない未来のためにスペースを割くようなもの。

 

勧めた着物がお嫁さんの気にいるものかどうか?それどころか着物自体を着ない人かも?日本人ではないかもしれないのです。

「お義母さんに勧められたけど、本当は着たくないの」なんて、悩むことになったら相手に気の毒です。

 

思い切って古着屋にすべて持っていってもらう方が早いのですが、やはり「呪縛」は解けていないのでしょう。

 

思い切りがつかず、まずは、娘を持っているママ友に声をかけて「一枚でもよいので持っていって」とお願いしてみました。

ランチがてら、買い物のついでにとウチに立ち寄ってもらい、気に入ったものを持っていっていただくのです。

うれしいことに、数枚ずつですが捌けています。これが一段落したら、残ったものは一気にどこかへ寄付でもしようと思います。

 

親が買ってくれた着物、一度も袖を通していないけれど捨てられないという方、たくさんいらっしゃると思います。

でも今の生活で必要のないものであれば、やはり断捨離することをお勧めします。

 

断捨離をすることで、あらためて母親と自分の関係を見つめ直し、そして感謝を感じること、この二つをきちんと切り離してできるようになるのではないかと思うのです。

 

シンプルで上質な生活をする、そのためには自分のしている行為の奥底にある気持ちに気づくことが必要なのではないでしょうか。

 

みなさんは、どう思われますか?