整然と片付いた部屋に、ゴミがひとつ落ちていたらみなさん、どう思いますか?

もちろん、気になってすぐ拾いたくなりますよね?

 

ところが、モノで溢れ汚れた部屋であったとしたら、ゴミを拾うどころか、そのまま放置しておくのではないでしょうか。

「ま、いっか」そんな気持ちになるものです。

 

今日は、お片づけ掃除について、日々でてくる悩みについて書きます。

 

 

部屋=空間とは、人の行動を左右するもの

 

息子が小学生の時に、学級崩壊したクラスがありました。

小学6年生なのに、授業中おしゃべりが絶えない、歩き回る、先生の話を無視する、紙ヒコーキを飛ばす、いじめがある・・・原因はいろいろあったと思います。

学校側でも保護者の人に、学校の授業を見にきてほしい、実態を知ってほしいと呼びかけました。

 

授業を見に行ってみると、確かに騒がしい。

紙ゴミが落ちたまま、教室の床には埃が舞っている。 生徒のロッカーは乱雑に、荷物が突っ込まれている。靴箱はぐちゃぐちゃ・・・、教室が荒れ放題なのです。

 

これでは、生徒だって自分のものと友達のものの区別がつかないと思います。

そして、いつもザワザワ、先生の話も聞いていません。

学級崩壊になって当然です。

 

本当に人間というものは、空間の在り様がそのまま行動に顕れるもの、そう思いました。

 

これは、子供だから・・・ということではありません。

そっくりそのまま、私たち大人にもいえることなのです。

 

乱れた部屋は、心も行動も乱す

 

モノがあるべきところになく、乱雑に散らかった空間にいると、様々なことが気になってきます。

イライラ、ザワザワ、集中力を欠き、焦りや迷いも生じやすくなります。

空間が乱れているだけで、心も乱れやすくなります。

 

もしかすると、みなさんの中には「部屋がぐちゃぐちゃでも気にならない。」という方もいらっしゃるかもしれません。

でも、それは汚れや乱れに関する感覚が麻痺しているだけなのかもしれませんよ。

 

私たち世代は、親からよく「足元をよく見なさい。」、「脱いだ靴を揃えなさい。」といわれて育っている人が多いと思います。

これは、仏教では、「脚下照顧」とか「看脚下」という言葉にあたります。

靴が曲がっているのが気にならない人に、どうして自分の心の歪みを整えられようか、という教えでもあるのです。

スポンサーリンク

 

そうはいっても、自分一人ががんばったところで、家の中がスッキリ片付かないことって多いと思います。

あるある〜我が家でも、毎日出てくるお悩みをお話しいたします。

 

一生懸命片付けても、家族の協力が得られず、すぐに散らかってしまう家

 

息子が中学生の頃ですが、朝出かけて行った後、リビングに脱いだ服は置きっぱなし、洗面所の扉は開けっ放し、歯磨き粉の蓋は転がったまま・・・、もう言いだしたらキリがないのですが、毎朝こんな状態でした。

しかし、我が身を振り返ってみると、リビングのテーブルに新聞紙やDMが出っぱなし、調味料が置きっぱなし、洗面所に洗い物がたまり・・・と、実はこんな状態。

この頃は、何かガミガミいっても聞く耳持たずなのでした。

 

ですがある日、昼間に徹底的に掃除をした後、息子が学校から帰ってきて開口一番、「なんか、今日家が綺麗な気がする・・・」と。

家を整えると、玄関を開けたとたん、「なんだか家の空気が違う」、そう感じたようなのです。

これが続くと、朝、家を出る時に、自分からゴミ出しをしてくれるようになりました。

 

家族が散らかすのは、部屋の中の片付け方、掃除が中途半端なのだからかもしれません。

家族の行動を非難する前に、自分の掃除を見直す方が必要があります。

 

そして、使ったら元に戻す、を徹底させる。

整然と片付いた空間の心地よさに気付けば、家族も自ずと散らかさなくなります。

 

人の心を変えるには、まず自分が変わること→人間関係の断捨離 思春期の子供と向き合うには? 

 

忙しくて家全体に手が回らない時に、最優先で手をつけるべきところ

 

自分が身を置く空間すべてが整っていることが理想ですが、忙しい主婦の場合、すべてにパーフェクトに手が回すことが難しいと思います。

 

リビングやキッチンはいつも流動的に物が動いていて、なかなかスッキリしません。

どこもかしこも、片付いていない・・・と考え出すと、手が止まってしまいます。

 

そんな時には、優先すべきところがわかっていると手をつけやすいもの。

まずは、家の顔ともいえる玄関を掃除するのがよいと思います。

 

先ほどの息子ではありませんが、玄関は、家に帰ってきて扉を開けた時に空気を感じる所、自分を迎えてくれる空間であり、外からの穢れを堰きとめる場所でもあります。

外を歩き回ってきた靴の汚れが落ちる場所ですから、こここそ、毎朝掃き清め、季節のものを飾ったりして気持ちが和む空間にすることが大切です。

 

他は、毎日ひとりになれる場所、トイレとお風呂。

一人になってリラックスできる場所=「我に返れる場所」ですから、ここを清潔に快適にすることで、心が解放され悩みが解消されます。

 

断捨離しているのに、買い物欲がおさまらず部屋に物があふれかえっている

 

人間の欲とは、終わりがないものです。

かくいう私も、断捨離しているにもかかわらず(以前よりは減ってはいるものの)、買い物がぱったり止んだわけではありません。

今日も、本(ハリーポッターの続編)と雑誌(付録のカレンダー狙い)で買ってしまいました。

 

自分で箍(タガ)をはめない限り、モノは増えつづけます。

そんな時は、欲しいと思っても、その場で買わず、一旦家に帰って持ち物をチェックしてみること。

今日は蘭子もこの方法で、服は買わずに!帰ってくることができました。

 

家に帰ってみると、同じような物、似たような物を持っていることに気づくかもしれません。

そして、「あったらいいかも」ではなくて「なくてもいいかも」のことが多いかも、なのです。

 

「必要になった時に買えばいい」と心に決めて、本当に買う時はじっくり選んで考えた上で買うことにすれば、無駄なタンスの肥やしを増やさずにすみます。

 

買い物欲でタンスの肥やしをつくらない方法はこうしています→タンスの肥やしを作らないコツ。「安いからいいや」ではなく、安いからこそ、妥協しない。

 

1日5分、日々の積み重ねを続けること

 

一気に掃除したものの、日々の生活に追われ、気づいたらまた汚部屋になっていた・・・。

 

私たちは、とかく整然としたスッキリした空間にするために、まとまった時間をとらないと片づけできない、掃除できないと思ってしまいがちです。

 

ですが、掃除とは、本来毎日するもの。

意を決して取り組まない方が、続くものです。

 

たとえ、1日5分でも10分でもよいのです。

限られた時間にできるだけの場所、できるだけのことをするだけでよいと思います。

 

断捨離でもそうですが、一度に大きなところに手をつけようとすると、結局すべてをやりっぱなしのまま終わることができなくなるか、次からやること自体が億劫になってしまいます。

掃除を「やらなければならないもの」という負担にするのではなく、毎日の流れに組み込み、小さなことでも続ける方がよいと思います。

 

とにかく、毎日少しでも続けること。

3日が1週間になり、3週間になり、3ヶ月になる。100日続けることができたとしたら、もうそれは立派な習慣になります。

 

きれいな状態が日常になれば、ちょっとした汚れが気になって、その場できれいにしようと思うものです。

それこそが、心に埃をためない秘訣です。

 

掃除は、自分が心地よくなるためにするもの。

「やらされている」のではなく、「自分のためにする」のだと意識するだけでお片づけや掃除への取り組み方は変わってくるものです。